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キャンプ場経営の大変さ

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キャンプ場経営の大変さ

人気のキャンプ場が閉鎖

キャンプをする人にとっては訃報ともいうべき情報が出てきました、熊本県にある『リゾートホテル 阿蘇いこいの村』と呼ばれるキャンプ場が閉鎖する事態になってしまいます。現在熊本は地震災害による影響で情勢不安が続く中で、このキャンプがある阿蘇市も甚大な被害をもたらした。一部情報では掛けられていた橋が揺れによって倒壊し、本土とを結ぶ連絡橋が失われてしまったといったものもあります。国による賢明な復旧作業も行われている中でも、なんとか立てなおそうとして頑張っている姿が見えてくるだろう。

そうした中で、その助けになると思われていたキャンプ場が様々な事情によって閉鎖されてしまった点について純粋に悲しく思っている人も多いはずだ。どうしてそこまでのことが言えるのかというと、様々な情報を模索していく中で見えてくるのは、このキャンプ場が地元の人だけでなく多くのキャンプ愛好家から愛されていたという事実に繋がります。そもそもキャンプなんて何が良いんだと、そう思っている人もいるでしょう。その点については筆者も同意見だったりする、今現在熊本の惨状を思えば非常時に野宿が出来るような耐性を持つという意味では有意義な時間といえます。ただキャンプと震災時の非常時とでは状況比較はできないので、一概にキャンプ時に役立つ知識が活躍するかは微妙なところだ。

それというのもキャンプ場とは言っても必ず野外にテントを張って過ごすわけでなく、用意された敷地内にはコテージといった宿泊所の用意がされているケースも有ります。前者はサバイバルを楽しむという意味では最適ですが、やりたくないという人も多いでしょう。原始時代には皆こうしていたんだと言われても、今は現代だろうがとツッコミを入れたくなります。雨風などの心配もいらない丈夫な屋根や壁があるに越したことはないと、手頃にキャンプを楽しみたいという人は後者を選択すべきでしょう。

ではこの阿蘇いこいの村はどんなキャンプ場だったのかというと、かなりユニークなところだったとして地元の人達からも人気を博した名スポットだった。

阿蘇いこいの村の特徴

敷地内は非常に広々としていて、テントを張って過ごすのもありですが、その逆に用意されていたコテージなどを利用するのも手段のうちです。どちらにするか、というよりはコテージなどは数に限りがあるため、埋まり次第必然と取れなかった人は野外での寝泊まりとなる。

野外と言ってもせめて何かしら利用者が重宝できるものはないかという点も欲しくなるものだ。いくらキャンプを楽しむと言っても、全てを自給自足で用意するというのも難しい話。それも食料採取までするとしたら、生態系に何かしらの影響を及ぼしかねない。現代のキャンプとは世俗から完全に離れてすることはなく、所々で必要な物を買うなどして補っていくしかない。

その点を思えばこの阿蘇いこいの村は買い物へ行く場合や、その他生活をする上で欠かせない道具などを提供してくれるなどの便利なサービスも用意されている。この阿蘇いこいの村で訪れた利用客に支給されるサービスとして、営業している時にどのようなホスピタリティを提供していたのかというと、主だったものは次のようなものだ。

阿蘇いこい村のサービス

  • タオル類
  • 洗面用具一式
  • お風呂セット
  • 布団類
  • 温水洗浄トイレ

上記のような物がキャンプ中にて提供されます。地味にどれもこれも必要ですが、一番嬉しいのはやはり一番最後のトイレだ。水洗トイレの素晴らしさは下水道を創りだしたおかげで日常をクリーンにしてくれる。かつて中世のヨーロッパ諸国ではトイレといったものは存在しておらず、庶民・貴族関係なくその辺の路上や庭などで当然のようにしていた話は有名だ。出来ればそんなの知りたくなかったと思っている人も多いでしょうが、史実なんてそんなものです。そのせいで路上などの身の回りは常に悪臭が漂っていたと言われるほど、不衛生な空間だったのも有名だ。

現代のキャンプにおいてもそうだが、通常山などで人間の管理が行き届いていないような場所でのキャンプをすればそうした、野外でしないとダメという状況もありえます。ですが法律でキャンプをするには指定されたキャンプ場でしかしてはならない上、基本的には野宿をすることすらこの国では禁じられている行為とすら言われている。そこには様々な問題が絡み合ってくるので、やはり何かとトラブルが頻発する原因に繋がりやすいのかもしれません。

スーパーなどが近い

かつて日本、それこそ縄文時代や弥生時代といった頃であれば人間は食料を日々かき集めなければ、その日の食事すらまともに取れなかった。現代のキャンプでもそんな自給自足を楽しむのが醍醐味、なんてロマンを語る人もいますが、筆者としてはそうしろと言われたらまっさきに逃げ出しそうです。昔がどれほど食料を取るのが難しかったのかは知識の範囲内だけであっても知り得ているつもりだ、それを体験してこそ逞しくなれると言われても、だからといって何か役立つわけではない。

一層のこと買ってきたほうが早いでしょう、そういう点でもこの阿蘇いこいの村から、自動車を使う必要はあれど数分程度で着けるところで営業を行っている。しかもここを頻繁に利用している人にとっては自動車で到着早々、買い物へ行くのが名物みたいになっているので、躊躇う必要なく訪れていいほどだ。想像していたよりは快適なキャンプが出来そうだと安心もできます、お父さんが張り切って魚釣りで食料をかき集めるといって、最悪な結末しか見えない呆れ返ったお母さんが買い物へ赴くといったリアルすぎる光景も何処かにありそうだ。

経営難、あるいは

そんな阿蘇いこいの村が閉鎖し、キャンプが出来なくなってしまったことを嘆く人も当然いるでしょう。やはり震災が主だった原因になってしまったのか、その辺のところは理由こそ定かではないものの、複雑な事情はありそうだ。

キャンプする人にすればキャンプ場の事情について言うなら、自分たちがいつまでどの施設が何時まで利用できるか、といったことくらいしか気に留めません。裏にある経営側の内情に目を行き届かせるほど、日常から脱却するために訪れた人たちはあまり考えたくない話だろう。それについて深く語る必要はないと考える人もいますが、やはり見ておかないと行けないところでもある。

キャンプをする人たちが楽しく快適に過ごせるキャンプ場経営というスタイル、かなり未開なものに見えてくるのでまずはそこから紐解いてみよう。